篠原班員の論文がStem Cell Reportsに掲載されました
2014.09.24
今回の私たちの論文はこれまであまり扱われていなかった精子幹細胞の細胞死の機構を解析したものです。
古くから精巣は最もDNAダメージへの感受性が高い組織の一つとして知られていました。特に精子形成の源となる精子幹細胞が放射線や薬剤により障害を受けてしまうと、精子形成が起こらなくなり、不妊症となってしまいます。しかし、DNAダメージがどのようにして精子幹細胞の細胞死を誘導するかは明らかになっていませんでした。さらに、通常の組織では細胞死に関与するTrp53遺伝子が精子幹細胞の細胞死には影響しないと考えられていました。
従来の研究ではin vivoでの形態学的な解析により精子幹細胞の有無を同定していました。これに対し私たちは、この手法では精子幹細胞への影響を正確に解析ができないと考えました。なぜならば、幹細胞活性は形態ではなく、機能的にしか解析できない上に、周囲の体細胞組織の影響を無視できないためです。そこで今回の研究で我々は、精子幹細胞移植法とGS細胞を用いて放射線による細胞死のメカニズムを機能的に解析しました。
まずはTrp53がDNAダメージによる精子幹細胞死へ影響を及ぼすか否かを検証しました。移植実験の結果、Trp53欠損マウスの精巣細胞およびGS細胞を用いたいずれの場合でもTrp53欠損精子幹細胞は放射線照射に対して野生型よりも抵抗性を示しました。次にTrp53の下流として利用されている経路について調べました。細胞死の経路は大きくintrinsic pathwayとextrinsic pathwayの2つに分類されます。GS細胞を用いたスクリーニング実験により、放射線による細胞死に関与する各経路の候補分子としてintrinsic pathwayに関与するBbc3とextrinsic pathwayに関与するTnfsf10ならびにこのレセプターであるTnfrsf10bが同定されました。さらに、Tnfrsf10bの発現はTrp53により誘導されるTrp53inp1遺伝子が制御することが明らかとなりました。
これらの分子について、精子幹細胞移植法を用いて解析を行ったところ、Tnfrsf10bまたはTrp53inp1の発現を抑制した場合のみ精子幹細胞の放射線感受性が低下しました。一方、Bbc3を発現抑制した場合には精子幹細胞の細胞死の抑制は起こりませんでした。以上のことから、機能的精子幹細胞の放射線感受性はTrp53-Trp53inp1-Tnfrsf10bにより制御されていることが明らかになりました。Tnfrsf10bのリガンドであるTnfsf10は放射線照射後の精巣体細胞において発現亢進が見られることから、精巣内では精子幹細胞がTnfrsf10bレセプターを多く発現させると共に周囲組織がリガンドを放出することによってDNAダメージを受けた精子幹細胞を効率良く排除する仕組みが出来ているのではなかろうかと考えています。
この精子幹細胞の細胞死制御機構の解明は臨床的に役立つ可能性があります。最近の抗がん剤治療では集学的治療の進歩などにより7割以上の小児がん経験者が5年以上生存でき、成人する例も多数見受けられるようになりました(20代の若者500人に一人の割合と言われています)。しかし、このうちの約3割が治療の晩期副作用として不妊症となることが昨今の問題となっています。成人の場合は、精子保存法を用いて精子凍結を行うことが可能ですが、精子の未成熟な小児の場合には抗がん剤による不妊症は深刻な問題です。我々がGS細胞を用いcisplatinなどの抗がん剤によるDNAダメージへの効果を調べたところ、予想通りTrp53inp1ならびにTnfrsf10bの発現抑制により薬剤感受性の低下が見られました。今後Trp53-Trp53inp1-Tnfrsf10b経路を操作する抗体や薬剤の開発が行われれば、将来的には医原性の男性不妊症に対処する方法が見つかる可能性があります。
(石井慧、篠原隆司)
(Stem Cell Reports. 2014 Oct 14;3(4):676-89.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25358794