相賀班員の論文がDev Cell.に掲載されました
2015.08.18
幹細胞は、分裂の際に元の性質を維持(自己複製)するものと分化していく方向に向かうものを生じますが、それらのバランスが取れていることで組織の恒常性が保たれていると考えられています。しかし、その「維持と分化」を決定づけるメカニズムについては、これまで多くは明らかにされていませんでした。相賀先生のグループは、精子幹細胞におけるこの「維持と分化」の調節にNanos2とmRNPの構成要素との相互作用によるmRNAの転写後調節機構が関わっていることを明らかにしました。
相賀先生のグループでは、以前からNanos2の精子形成への関与を研究しており、Nanos2がmRNAのポリA鎖短縮に関わり減数分裂に関連する遺伝子の分解を調節していることや、そのノックアウトにより精原細胞の消失が起こることを明らかにしています。
本研究では、まず、Nanos2がmRNPの構成要素であるRckおよびDcp1aと結合し、mRNPの形成に関与していることを明らかにしました。次いで、RckのノックダウンによりmRNPが精原細胞の自己複製に関わっていることを示しました。これらのことから、Nanos2がmRNPの構成要素と相互作用して自己複製に関与していることが示唆されました。
次に、Nanos2の発現が、mTORC1シグナルに抑制的に働くことを示しました(mTORC1は幹細胞の自己複製に抑制的に機能することが知られています)。mTORC1 complexの構成要素であるmTORはNanos2と結合し、さらにmRNPの構成要素であるRckと共局在していることが分かりました。これらのことから、Nanos2の働きによりmTORがmRNPにトラップされることでmTORC1シグナルが抑制されることが示唆されました。
さらに、Nanos2にその転写産物が結合し、かつNanos2によって発現抑制されている数百の遺伝子を同定し、そのうちで生殖細胞の分化に関与していることが知られているSohlh2などいくつかの遺伝子の転写産物がRckにも結合していることを示しました。また、Sohlh2の転写産物は、Nanos2によって翻訳抑制を受けていることをpolysome assayによって示しました。さらにこの翻訳抑制を受けないように3'UTRを改変すると、分化シグナルの増強/自己複製シグナルの減弱により精子幹細胞が減少することが分かりました。これらの結果より、分化に関与する遺伝子のmRNAはmRNPによって翻訳抑制を受け、それが精子幹細胞の維持に必要であることが示唆されました。
以上をまとめますと、Nanos2とmRNPの構成要素は、分化シグナルに関わる遺伝子のmRNAの翻訳抑制、そしてmTORC1シグナル(自己複製の抑制シグナル)の抑制という2つのメカニズムによって、精子幹細胞の恒常性を保っているということが結論付けられました。
本研究は、トランスジェニックはもとより、コンディショナルノックアウト、マイクロアレイなど様々な技術を用いた膨大な実験からなるもので、自分の研究室ではとてもここまではできないと脱帽させられる程のものでした。普通、論文紹介の締めは、「今後のさらなる研究が期待されます」というような言葉で終わることがよくありますが、本論文に関しては、そのような表現が当てはまらない位の完成度だと感じました。
尚、私は受精前後の遺伝子発現リプログラミングの研究を行っていますが、その調節に母性mRNAの転写後調節が重要な役割を果たしていると考えています。そこで気になって、RNAseqのデータを調べてみたところ、Nanos2は卵でも結構な量が発現しており、受精後に急激に減少することが分かりました。これはもしかしたら、、、と思い、今、Nanos2の受精前後での働きを調べようかどうしようかと思案中です。私は卵の研究を行っているので、普段は精子形成関連の論文を読むことはあまりないのですが、今回、論文紹介のお役目を頂いて、とても良い勉強をさせて頂くことができました。考えてみますと、「未分化」、「分化調節」などのキーワードは、精子形成でも卵形成でも共通ですので、このキーワードで繋がっている本新学術研究の領域は、新たな研究のアイデアなどを与えてくれるよい場であることを改めて感じました。
(青木不学)
(Dev Cell. 2015 Jul 6;34(1):96-107.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26120033