谷本班員の論文がDevelopmentに掲載されました
2015.11.20
筑波大学 谷本啓司先生のグループの論文が Developmentに掲載されました。
谷本先生のグループは、以前より H19遺伝子座をモデルとした独創的なゲノム刷り込みの研究を進めています。今回もこの一連のトランスジェニックモデルおよびノックアウトマウスを用いて、ゲノム刷り込みが受精後も精密な制御を受けていることを見事に証明しました。
哺乳類のゲノム刷り込みは、遺伝子に片親性(父方あるいは母方)発現をもたらすエピジェネティクス制御機構です。ゲノム刷り込みを受ける遺伝子(刷り込み遺伝子)は100個を超える程度ですが、その大部分はゲノム上にクラスターとして存在しています。それぞれのクラスターには、imprinting control region (ICR)が存在し、雄性生殖細胞あるいは雌性生殖細胞の発生の過程でエピジェネティクス修飾(主にDNAメチル化)を受けることにより、遺伝子の発現パターンを制御しています。本研究で解析されているICR(H19 ICR)は、母方発現遺伝子であるH19と、同クラスター上の雄性発現遺伝子Igf2により共有されています。
すでに谷本先生のグループは、H19 ICRトランスジェニックマウスの解析から、そのDNAメチル化は、生殖細胞における刷り込み成立とその受精後の維持において、それぞれ独立した制御機構が関わっていることを明らかにしています(Matsuzaki et al. Mol Cell Biol 2009)。本研究では、まずH19 ICRトランスジーンのメチル化は、受精直後におこること、そしてそれが母性(卵子由来)Dnmt3aおよびDnmt3L 依存的であることを明らかにしました。そして内在性H19 ICRが、インスレーター配列の挿入によって精子において低メチル化となるものの、受精後には正常にメチル化されることを示しました。さらに、精緻なfloxシステムを使うことで、複数のH19 ICRトランスジーンの欠失パターンを同挿入部位で作出し、受精後のメチル化に必須の認識部位を同定しています。とどめには、この同定した欠失を内在性H19 ICRに再現したノックアウトマウスを用いて、精子では正常にメチル化されているものの、父親から由来するノックアウトアリルが受精後のマウス胚、胎仔、産子では低メチル化となっていることを確認しました。すなわち、ゲノム刷り込み(少なくともH19 ICR)は、生殖細胞におけるDNA メチル化で完成するのではなく、受精後もアリルの由来を認識する機構が働き、DNA メチル化を維持する(必要であれば新たに付与する)ことで正常性が保証されている可能性が明らかとなりました。
本研究は、多くのトランスジェニックマウスおよびノックアウトマウスの解析を効率的に組み合わせ、これまで生殖細胞側ばかりが着目されていたゲノム刷込みを、受精直後の制御機構にも目を向けさせた画期的な研究であると言えます。また、受精後に認識されるH19 ICRのエピジェネティック修飾がいったい何であるのか、次の大きな課題も提起しています。この答えは、本来の片親性認識機構の同定へとつながります。本研究の内容は、本新学術領域の目指すところとまさに合致するところです。今後の展開に大いに期待が膨らみます。
(小倉淳郎)
(Development. 2015 Nov 15;142(22):3833-3844.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26417043