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篠原班員の論文がStem Cell Reportsに掲載されました

2016.08.10

京都大学 篠原隆司先生のグループの論文がStem Cell Reportsに掲載されました。

 Glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF)は2000年に精子幹細胞の自己複製因子として報告されました。これはGDNFといういかにも神経系の名前がついた分子のトランスジェニックマウスの精巣で未分化型精原細胞が蓄積し、ヘテロのノックアウトマウスでは精子形成がなくなり不妊となるという意外な実験から明らかになりました。その後、阪大の西宗先生らのグループは下垂体からのFSHの分泌がSertoli細胞からのGDNFの分泌を促進することで精子幹細胞の維持を行っていると提唱され、広く信じられていました。

 しかし最近このモデルとは異なる結果が次々と報告されてきました。そもそもニッシェを構成するのはSertoli細胞だけではなく、精細管周囲にあるperitubular 細胞も重要であるとの主張や、peritubular細胞でもGDNFが発現し、それはテストステロンにより刺激されているとの報告がなされ、これまでの定説に疑問が投げかけられていました。私たちのグループでもFSHをセルトリ細胞の培養系に加えてもGDNFの発現量が変わらないことから、本当にFSHというのが効いているのだろうかと気になっていました。

 今回の論文は精子幹細胞に対するFSHとLHの影響をFshbとLhcgr遺伝子のノックアウトマウスを用いて調べたものです。いずれのノックアウトマウスも随分前に報告されたものですが、精子幹細胞に対する影響は調べられていませんでした。従来からの疑問を解決するために、これらのマウスの解析を思い立ったのが今回の仕事のきっかけです。

 移植法を用いて幹細胞の数を調べると、意外なことにFshb ノックアウトマウスでは特に大きな異常は認められませんでした。一方、Lhcgrノックアウトマウスでは幹細胞の濃度が上昇していました。実際に継代移植実験によりLhcgrノックアウトマウスの精巣内では精子幹細胞の自己複製分裂が亢進していることが分かりました。もしかするとGDNFがLhcgrノックアウトマウスで高発現しているかと思ったところ、実際にはGDNFの発現には全く変化が認められず、テストステロンの影響についても影響がないという結果となりました。

 そこでマイクロアレイ解析によりLhcgrノックアウトマウスで高発現している遺伝子を探索すると、Wnt5a遺伝子が高発現していることが見つかりました。Wnt5aは幹細胞が活発に分裂する新生児期の精巣に強く発現していることから、精子幹細胞の自己複製に関与している可能性があります。またMcGill大学の長野先生も試験管内での細胞死を抑制するとの報告をされていました。そこでGS細胞を使って培養したところ試験管内で幹細胞数の増加が認められました。また精巣内にWnt5aを発現するウイルスベクターをマイクロインジェクションすると幹細胞の濃度が増加することも分かりました。このことからWnt5aはホルモン依存性の精子幹細胞の自己複製因子ということが分かりました。

 このようなわけでFSHもLHもGDNFとは関係がないという当初の予想とは異なる結果となったわけです。実は精子幹細胞に対する下垂体ホルモンの影響は精子幹細胞移植法の開発直後から示唆されており、長らくその分子メカニズムについては明らかになっていませんでした。今回の論文でようやくWnt5aという分子に結びつけられたという点で嬉しく思います。とはいえ、試験管内でWnt5aはin vivoほどは効果がなかったことや下垂体切除マウスとの表現型の違いなどがまだ気になる点として残っています。まだこんなことも分かっていないのかと馬鹿にされそうですが、下垂体にはまだまだ重要なことが隠されているような気がします。
  (篠原隆司)

(Stem Cell Reports. 2016 Aug 9;7(2):279-91. )
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27509137

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