北島班の論文がDevelopmental Cellに掲載されました
2017.05.11
公募研究班 研究代表者 北島 智也先生の論文が Developmental Cell 誌に掲載されました。
北島先生は、これまで、独自の4D解析技術を駆使して減数分裂時の卵母細胞染色体の動態を詳細に観察し、いつ、どのように染色体分配エラーが生じるのかを明らかにされています。今回は、筆頭著者の京極博久さんと共に、卵母細胞の顕微操作技術を応用することにより、卵母細胞の大きな細胞質が染色体分配エラーの原因であることを見事に証明されました。
第一減数分裂前期で停止している卵胞中の卵母細胞は、排卵直前に減数分裂を再開します。その際に、特に第一減数分裂において、高頻度に染色体分配エラーが生じることが知られています。年齢と共にこのエラーの頻度が増すことから、加齢の影響も否定できませんが、若齢個体の卵母細胞においても生じるので、卵母細胞そのものに何らかの原因があることが明らかです。これまで、2つの原因が考えられてきました。1つ目の原因として、卵母細胞における減数分裂時の紡錘体極が広いために、微小管の配列が乱れやすいことが挙げられます。これは、卵母細胞に中心体が存在しないことが関係している可能性がありますが、卵母細胞同様に中心体を持たない8 - 16細胞期胚であっても紡錘体極は狭いので、卵母細胞特有の理由があると考えられます。2つめの原因が、紡錘体チェックポイントの弱さです。体細胞では、たった一つのキネトコアが微小管に結合し損ねるだけでチェックポイントが働き、anaphase に入りませんが、卵母細胞は、多少の異常では、減数分裂が進んでしまいます。北島先生と京極さんは、この2つの原因が、細胞質の大きさに密接に関係しているという仮説を立て、実験を開始しました。
この仮説を立証するために、細胞質の大きさが異なる卵母細胞を準備しました。ここでは、卵母細胞の顕微操作に長年の経験を持つ京極さんの高度なテクニックが発揮されます。まず細胞質が半分の卵母細胞を準備するには、透明帯にスリットを入れ、そこにめがけて、太めのガラスピペットを押しながら卵母細胞を吸引し、細胞質が半分ほどになった卵母細胞を取り出します(これはビデオでないとイメージがつかめないかもしれません)。細胞質が2倍の卵母細胞は、除核した卵母細胞とintactな卵母細胞を融合させることにより作成します。
このように準備した細胞質の大きさが異なる卵子を用いて、減数分裂中の染色体の動態を観察したところ、見事に仮説が裏付けられました。まず、紡錘体極に分布する微小管重合中心(MTOC)は、細胞質の少ない卵母細胞ではより密集し、染色体がより早く正確に赤道面に並ぶことがわかりました。一方、細胞質の多い卵母細胞では、MTOCが広く分布し、染色体の赤道面への整列の効率が著しく低下し、さらにMII卵子での異常染色体の率を上昇させました。
続いて、紡錘体チェックポイントの厳密性の解析を行いました。ここでは、チェックポイントに関わる因子が大量の細胞質により希釈されるというのが前提です。このためには、数多くの緻密な実験がなされていますが、最終的に、核周辺部に局在するmitotic checkpoint complex の成分であるC-Mad2が、核膜崩壊後に希釈され、それがチェックポイントの厳密性の低下の原因であることを明らかにしています。すなわち、核膜崩壊前の核/細胞質比が、チェックポイントの厳密性と密接に関わっていることが証明されました。そして最後に、Sycp3 ノックアウト卵母細胞を用いて一価染色体(univalent chromosome)が生じやすい状況下で細胞質の量を変化させたところ、細胞質が半分の卵母細胞では高頻度にanaphase block が働くことがわかりました。すなわち、細胞質が多くなると、一価染色体のmisalignment によるanaphase block の感度が低下することが示されました。
これらの実験により、卵母細胞の大量の細胞質が、MTOC の機能性と紡錘体チェックポイントの厳密性の両者を低下させて、染色体異常を引き起こす頻度を高めていることが実験的に証明されました。一方、卵母細胞の大きな細胞質は、受精後の胚発生を支える非常に重要な役割を担っています。今回の論文は、この卵母細胞の細胞質における両者のトレードオフが、進化の過程で現在の核/細胞質比を決定ことを示しています。北島先生らは、今後、卵母細胞においてMTOCの機能が低下する分子機構や紡錘体チェックポイントの厳密性が低下する機構を解明することで、卵母細胞の染色体異常を低下させる戦略を見いだせると考えています。本論文は、その端緒となる重要な論文に位置づけられることになるでしょう。
(小倉淳郎)
Developmental Cell