小倉班の論文がCell Reportsに掲載されました
2017.05.10
理化学研究所バイオリソースセンターセンター、小倉淳郎先生の班の論文がCell Reportsに掲載されました。筆頭著者は専任研究員の井上貴美子さんです。
ゲノム刷り込みを受ける遺伝子の多くが胎盤形成に関与することが知られていますが、これまでマイクロRNA(miRNA)の関与を証明した報告はありませんでした。本論文は、父親由来のアレルのみから発現する刷り込み型遺伝子Sfmbt2のイントロン領域に存在するマイクロRNA(miRNA)クラスターに焦点を当てた研究で、このmiRNAクラスターを欠損したマウスを作製して、その表現型を報告しています。
井上研究員らはまずSfmbt2 miRNAクラスターの胎盤における発現を解析しました。その結果、Sfmbt2 miRNAは胎盤で発現しており、受精後11-15日目の胎盤で最も高いレベルで発現することが分かりました。次にCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いて53kbに及ぶmiRNAクラスター領域全体を欠損するマウスを作製したところ、母親由来のアレルを欠失したマウスではSfmbt2 miRNAが正常に発現していましたが、父親由来のアレル、または両アレルを欠失したマウスでは、Sfmbt2 miRNAの発現が殆ど消失していました。従って、Sfmbt2 miRNAクラスターは主に父親由来アレルから発現する刷り込み型遺伝子であることが分かりました。
さらに詳しく調べてみると、父親由来のアレル、または両アレルが欠損したマウスが胎児期に一部死亡し、誕生しても体重が小さいことが分かりました。これらのマウスでは胎盤が小さく、特に海綿栄養芽層(spongiotrophoblast)の発達に障害が見られることから、それが胎生致死や生育不全の原因であることが示唆されました。
Sfmbt2 miRNAの標的となるmRNAについて、配列情報と欠損マウス胎盤における遺伝子発現変化を用いて推測したところ、複数の癌抑制遺伝子が含まれていました。従ってSfmbt2 miRNAは、胎盤においてそのような遺伝子の発現抑制を介して、正常な胎盤の層構造の形成に貢献している可能性が考えられます。
胎盤形成にゲノム刷り込み型遺伝子が関与する例が数多く報告されていますが、本研究はmiRNAもゲノム刷り込みの対象となっており、それが胎盤形成に寄与することを新たに証明しました。興味深いことに、胎盤におけるSfmbt2 のゲノム刷り込み型発現はラット・マウスなど一部のげっ歯類のみで起こっており、しかもSfmbt2領域に内包されるmiRNAクラスターはこれらの動物のゲノムにしか存在しないそうです。従って、げっ歯類ゲノムにおけるSfmbt2の刷り込み型発現とmiRNAクラスター挿入は、進化上他の哺乳類から分岐した後に起こったと推測され、げっ歯類特有の胎盤形成の進化に寄与した可能性もあるかもしれません。この論文は、胎盤の進化の過程にmiRNAクラスターが一役担っている可能性をサポートした点においても意義深いと思います。霊長類にも特有の刷込み型発現をするmiRNAクラスターが存在するとのことですので、今後このようなmiRNAクラスターの役割解明を通して、種特有の胎盤形成や進化についての洞察が深まることが期待されます。