相賀班の論文がNature Communicationに掲載されました
2017.06.23
Messenger ribonucleoprotein complex (mRNP; mRNA-タンパク質複合体)は、幹細胞の維持やストレス応答に重要な役割を果たしていると考えられています。相賀先生の研究室ではこれまでに、NANOS2-mRNP複合体がSpermatogonial stem cell(SSC; 精子幹細胞)を維持するための「転写後バッファリングシステム」の中心的な役割を担うことを示してきました(Zhou et al 2015 Dev Cell)。今回の論文では、NANOS2-mRNP複合体の制御因子を同定し、その機能解析から、通常状態およびストレス状態における、NANOS2-mRNPの転写後バッファリングシステムの重要性と、その作用機序を見出しています。まず研究グループは、NANOS2の相互作用因子を生化学的に同定することからスタートしています。雄マウスの生殖腺抽出液からNANOS2を免疫沈降し、それを質量分析することで、E3ユビキチンリガーゼであるNEDD4を同定しました。NEDD4は成体の精巣で、特にSpermatogonial progenitor cells (SPC; 精子前駆細胞)に高く発現していました。NANOS2はSSCの増殖や分化を抑えていることが知られおり、通常はSSCがSPCへと分化する際にはNANOS2は分解される必要があります。Cultured germline stem cells (GSC; 培養精子幹細胞)とマウスにおいてNEDD4をノックダウンあるいはノックアウトした実験から、NEDD4はNANOS2の分解に必要であり、それを欠くとSPCの数が大きく減少することを見出しました。
次に研究グループは、熱ストレスに対する応答に着目しています。熱ストレスにともなって細胞内に形成されるmRNP集合体であるStress Granule (SG)は、細胞が備えるストレス応答機構の一つと考えられています。研究グループは、培養GSCを高温に置いたときにできるSGには、NANOS2とともにNEDD4が含まれることを見出しました。さらに、この細胞を常温に戻すと、通常はこれらSGが消えていくのですが、NEDD4を欠く細胞では、SGが消えずに残ってしまうことを見出しました。そこで研究グループは、マウスを用いたin vivoの実験に移ります。マウスでもやはり熱ストレスを与えると、精巣でSGが形成し、常温飼育下に戻すとSGが消失します。ところがNEDD4をノックアウトすると、SGが消失できなくなることが分かりました。これにともない、多くのSPCがアポトーシスに入り、その結果SPCの数が大きく減少してしまうことが明らかになりました。
これらの結果は、NEDD4は通常状態および熱ストレス状態において、NANOS2の分解とそれにともなうSGの消去を介することで、正常な精子形成を保証していることを示しています。研究グループはさらに、その分子機構の一端を明らかにする実験を行っています。培養細胞を用いた免疫沈降、リコンビナントタンパク質によるプルダウンアッセイ、Bimolecular fluorescence complementation (BiFC)による実験から、NEDD4とNANOS2が直接結合することを確実に示しています。さらにNANOS2がNEDD4依存的にユビキチン化されうることを示し、これがNEDD4のcoactivatorであるNDFIP2を加えることで効率が上昇することを示しました。また、NDFIP2は生殖細胞の分化誘導因子であるレチノイン酸(RA)に応答して発現上昇することが分かりました。したがって、通常状態においては、RAによりNDFIP2が発現上昇し、それがNEDD4のNANOS2分解を促進し、それによりSCCの分化が促進されるというパスウェイが示唆されます。
本研究により、幹細胞維持のための「転写後バッファリングシステム」の分子機構の一端が明らかになりました。生化学的手法から始まり、培養細胞、マウス、ストレス条件での実験を網羅してNEDD4とNANOS2を中心とした制御ネットワークとその重要性を明らかにし、さらにその背後にある分子メカニズムをも示した、多くの研究者が目指すべき論文と感じます。成体における幹細胞の恒常性維持および環境入力に対する応答についての研究は、今後の生物学において大きなテーマになるものと思います。また、本研究で用いられた熱ストレスは「1日につき20分の42度熱ストレスを7日間」であり、熱い風呂に入る習慣を持つ多くの日本男子はNEDD4に感謝すべきと言えましょう。
(北島 智也)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28585553